望月茉梨藻 [著]
データ横丁の人気分科会「メタデータ通り」の第5回イベントが1月29日に開催されました。
全6回のシリーズもいよいよ佳境。今回のテーマは、シリーズ最大の難所とも思われる「見つけ方:メタデータの所在・収集手順」です。
「データカタログを整えたいけれど、そもそもデータが見当たらない」「現場に定義を聞いても『いい感じにやって』と言われる」―そんな実務者の「叫び」に対する答えを探っていきます。
データ活用の「既成概念」を一新する
冒頭、世話人の安藤健一氏より、本コミュニティが目指すところが示されました。
「このコミュニティの目的は、単にメタデータの管理手法を学ぶことではありません。AIやデータ活用を行う企業が、持続的にビジネス効果を創出するための『指針』を導き出すことにあります」
安藤氏は、これまでのデータ活用を「As Is(これまでの姿)」、これからを「To Be(目指すべき姿)」と対比させました。これまでは、データを単に「使える(使っても良い)」状態にする、いわばデータのサイロ化解消に留まっていました。しかしこれからは、そのデータを「ビジネスで使いこなせる」状態にまで引き上げる必要があります。
使いこなすのが人(データサイエンティストなど)に依存している現状では、AIトランスフォーメーションは起きません。AIがビジネス上の文脈を理解し、自律的に動けるようにするための基盤―それがメタデータの本質なのです。
板谷さんのインプット:暗黙知をどうやって見つけ、どうやって吐き出させるか
続いて、世話人の板谷健司氏より、収集の成否を分ける暗黙知の3レイヤーと、暗黙知を集める「マインドセット」についてのインプットが行われました。
3つの暗黙知:AIが「阿吽の呼吸」を理解するための補助線
板谷氏は、私たちが収集すべき「暗黙知」を以下の3つのレイヤーに整理しました。
① 狭義のビジネスメタデータ(誤解防止)
用語の定義、集計ロジック、利用条件など。
ここが整わないと、人間もAIも「意味のズレ」による致命的な混乱を起こします。誤解を防止するための最優先事項です。(例:売上の計算式にキャンセル分が含まれているか、所管責任者は誰か)
② ビジネスコンテキスト(背景の理解)
判断の前提、状況、目的、制約 。
人間同士であれば「常識」で補完できる情報の欠落も、AIにとっては致命的なノイズとなります。(例:今のフェーズは「利益重視」か「シェア拡大」か、繁忙期特有の例外処理はない)
③ ビジネスナレッジ(判断の型)
思考プロセス、因果・仮説、失敗事例。AIが単なる探索を超え、提案や実行までを自律的に行うための「急所」とも言える知識です。(例:なぜその打ち手を選んだのか、やってはいけないNGパターンは何か)

「新人や異動者に教えていることを洗い出してください」「部下が独力で判断し、仕事を自動で回せるようにするために必要な知識を書き出してください」と依頼するいった、ビジネス視点での問いかけが極めて有効に働くという板谷氏のコメントが非常に印象的でした。
なぜテンプレートを配ると「100%失敗」するのか
また同様に印象的だった点として「管理者が定義したエクセルのテンプレートを用意し、各部門に配布して『この枠に定義を埋めてください』と依頼するやり方は、ほぼ100%失敗します」という解説がありました。
管理者側が用意したテンプレートで収集できるのは、管理者側が想定しうる内容のみに絞られ、本来収集したいはずの現場の「暗黙知」がごっそりと抜け落ちてしまう可能性があります。
また、現場にとって、メタデータの記述は自分たちの成果に直接結びつかない「追加の事務作業」でしかありません。一度は無理やり集まったとしても、二度目のメンテナンス(保守)が継続されることはまずないのです。

現場に『テンプレートに沿って書いてください』と頼む代わりに、現場の言葉をそのまま吐き出してもらう。
その後の構造化は、データ部門が泥をかぶって引き受ける。この『歩み寄り』の姿勢こそが、収集の成否を分けることになります。
グループ1:言語化の限界を「シャドーイング」で越える
セッションの後半は、2つのグループに分かれた集中討議へと移りました。
グループ1では、安藤氏と水谷氏を中心に、「なぜ暗黙知は可視化できないのか」という根源的な問いから議論が展開されました。
「科学者」と「サイエンスライター」は別物である
討議の中で、現場が抱える深刻なバリアが浮き彫りになりました。
知識が豊富なシニアほど、自分の知っていることは当たり前すぎて、他人の役に立つという認識がない点、 さらに「知識があること」と「それを言語化できること」は全く別のスキルであるという指摘がありました。
科学者が必ずしも優れたサイエンスライターではないように、業務のプロに言語化まで期待するのは酷な要求であり、言語化は、収集側が提供すべきサービスであるという点が非常に印象的でした。
「シャドーイング」という究極の手法
この課題に対し、水谷氏からは「シャドーイング」という手法が紹介されました。 エース級社員の後ろに一日中貼り付き、一挙手一投足をすべてメモする。気になった瞬間に「今の判断は何ですか?」と質問をぶつけ、ノート5冊分をエクセルに落とし込んで分解・分析する。
ヒアリングシートでは出てこない『阿吽の呼吸』も、一日中ついて回れば、必ず端々に漏れ聞こえてきます。それを拾い集めて体系化する。そこまでの修行(泥臭い努力)が必要だと水谷氏は語ります。
Docs vs PPT:AI時代の資料作成革命
また、「AIに理解させるための資料」についても議論が及びました。
図やチャートはAIが解釈しにくいため、資料をあえて図にせず、すべて文章で書き起こすチームが出てくるなど、メタデータ化しやすくするために、Power Point文化を捨て、WordやGoogle Docsに回帰する。
つい先日、Xのアルゴリズムにおいても長文の投稿や記事など長文の投稿を優遇する旨の発表がありました。
SNSのみならず、日常の業務においても短文や図説よりも長文が優遇され、長文を用意することを必須とする、一見逆行的にも見えるようなビジネス革命がAIの台頭により起こりつつあるのかもしれません。
SECIモデルと「リアルな距離感」
グループ1の討議では野中幾次郎氏の「SECI(セキ)モデル」に基づき、「いきなり文書化を目指すのは間違いだ」という結論に至りました。
- 共同化:まず一緒に対話し、暗黙知を共有する。
- 表出化:対話を通じて、ようやく言葉として書き出す。
- 連結化:書き出された断片を構造化し、知識の体系(メタデータ)にする。
リモートワークで失われた「隣で仕事を見て学ぶ距離感」をどう取り戻すかが、現代のメタデータ収集における最大の課題であることが再確認されました。
グループ2:組織の「正義」と持続可能なトリガー
板谷氏と辻氏が参加したグループ2では、より組織的・実効的なアプローチが議論されました。
所有権の空白とコストの壁
グループ2が特定した暗黙知の可視化を阻む主な要因は、組織の構造にありました。
- そもそも誰に聞いていいのかわからない。
- 部署間で言葉の定義が異なり、共通言語が存在しない。
- 「可視化のコストを誰が捻出するのか」という予算・工数の責任が不明確である。
これに対し、「組織としてメタデータ収集の必要性を経営層に認識させ、公式な体制と工数を割り振るべきだ」という、ガバナンスの重要性が強調されました。
AIによる省力化と持続性の担保
現代ならではの解決策として、「AI自身にメタデータを収集・整理させる」アイデアも飛び出しました。現場の自由記述をAIに読み込ませて構造化させたり、AIがヒアリングの壁打ち相手になることで、現場の負担を最小化するアプローチです。
また、一度作ったメタデータを風化させないための「持続的な仕組み」についても具体的な案が出されました:
- 最終更新日の定期チェック:メタデータ自身に更新日を持たせ、それをトリガーに確認を入れる。
- プロファイリングによる変化検知:データプロファイリングを行い、例えば区分値に新しいものが増えた場合、システムが自動で「メタデータの更新時期です」とリコメンドを出す仕組みです。
喉の渇きを潤すモチベーション設計の難しさとキャリアパス
両グループの発表に対する質疑応答では、メタデータ収集を継続するためのモチベーション設計の難しさと、キャリアパスについての議論も盛り上がりました。
ダイヤモンドの贈り物とモチベーション
板谷氏は、インセンティブ設計の難しさを贈り物に例えます。
「モチベーションだけに頼るのは限界があります。『ダイヤモンドの贈り物』のようなもので、一度渡すと、次はもっと高いものを渡さないと満足してもらえなくなる。モチベーションを継続させるには、制度としての裏付けが必要です」
エリートコースとしてのMDM(マスターデータマネジメント)キャリア
そこで提案されたのが、データ実務者の「キャリアパスと役職」の確立です。
「MDM(マスターデータマネジメント)やメタデータ整備は、精神をすり減らす地道な作業。
文化をデータに昇華させていく非常に高度な作業を担っています。
だからこそ、単なる裏方作業と見なすのではなく、「エリートコースはMDMを通った者に限る」という人事制度や、「データベーススペシャリスト」としてのバッジ(称号)を与えるといった踏み込んだ案も上がっていました。
性差による持久力の違い?
水谷氏からは、プロジェクトの継続性に関する興味深い実体験も共有されました。
「女性は高いレベルでモチベーションを維持し、泥臭いプロジェクトを支えてくれることが多い。対して男性は目先の報酬(人参)がなくなると失速しやすい。MDMのような持久力の要る仕事には、多様な感性が不可欠なんです」。
MDMとは少々領域の異なるデータですが、一般社団法人データサイエンティスト協会が2023年に実施したアンケート調査データサイエンティストにおける女性の比率はわずか1割と発表されており(出典元:「データサイエンティストの就労意識2015 → 2023 一般(個人)会員アンケートより」https://www.datascientist.or.jp/common/docs/person_research2023.pdf)、より多くの女性がデータ領域に参入することにより、水谷氏の話題にあった「多様な感性」の活躍によりメタデータの収集、や活用がさらに加速していくという可能性もあるのかもしれません。

まとめ:文化という名の「最短ルート」
「見つけ方」を議論した結果、たどり着いたのは「文化と仕組みの両輪」という結論でした。
管理者が決めた形式で無理やり吸い上げるのではなく、対話を通じて現場の「暗黙知」を描き出し、それをデータという形に成形しなおしてシステムに流し込む。
その過程で関わる人々の苦労を正当に評価し、キャリアのステップとする。
メタデータを見つけるという行為は、組織の「知」を慈しみ、分かち合う文化そのものを作ることと同義なのかもしれません。
全6回に及ぶメタデータを巡る議論の最終回は「続け方」をテーマとすることに決定。ここまでの議論で明らかになった課題・解決策・気づき…それらを踏まえてメタデータ活用をどう「続け」ていくのか。
次回は2026年3月18日、日本記者クラブでのリアル開催での議論に期待が高まります。
※詳細申込先 https://datayokocho.connpass.com/event/383447
謝辞
本メタデータ通りの活動は、Quollio Technologiesのご協賛に支えられています。「業界全体のメタデータ管理をより良くしたい」という同社の理念に共感し、私たちデータ横丁もその思いを分かち合いながら活動を続けています。―「データ横丁」主宰 臼井琴美
望月 茉梨藻(もちづき まりも)
1990年生まれ。国際基督教大学卒。ジェンダーと社会構造を学んだのち、HRTech事業会社ビズリーチやスマートドライブにて業務設計・Salesforce運用を担当。業務データの整備や活用基盤の構築を通じて、メタデータや制度設計への関心を深める。現在はフリーランスとして、データに基づく業務改善や意思決定支援を行うほかライターとしても活動中。BizOps協会理事。
X:https://x.com/MarimonsterFun
note:https://note.com/marimoyoga

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