善意まかせにしない、メタデータ整備の「進め方」―データ横丁『メタデータ通り』第3回イベントレポート

望月茉梨藻 [著]

目次

「誰かの善意」ではなく、仕組みで進めるために

メタデータ整備はしばしば“有志の努力”や“現場の善意”に支えられてきました。
今回のテーマは、その善意頼みを越えて「どう仕組みで進めるか」。

2025年10月29日に開催された第3回「メタデータ通り」では、属人化を越えて“仕組みとして整備を進める”ための段取りや協力体制について議論しました。

世話人は、安藤健一さんと板谷健司さん。モデレーターは世話人・中村一星さん。前回のリアル開催(36名参加)で生まれた熱量をそのままに、今回はオンラインでの開催となりました。

イントロで共有された“このコミュニティの目的”

冒頭で中村さんから改めて共有されたのは、「このコミュニティでやりたいことは、AIやデータ活用を進める企業が、メタデータの重要性とその役割を理解し、持続的にビジネス効果を出せるようにすること」という原点。

ポイントは「社内に閉じずに共有する」こと。
メタデータは往々にして、社内の歴史や暗黙知に縛られ、外に説明しづらい。
けれど実際には、どの会社も似た場所でつまずき、似たような“人でしか埋められない穴”を抱えています。

だからこそ、企業を越えてフラットに「ここが難しいよね」と言い合える場にしたい――
そんな想いが改めて語られました。

前回(第2回)の宿題からつながる「進め方」

前回のリアル開催では、次の2つの宿題が出ていました。

  • 「最小共通辞書」を考えてくること
  • 「アクティブメタデータ」をどう回収するかを検討すること

今回はその宿題を踏まえて、「進め方:拡充・推進の手順」をテーマにディスカッションを展開しました。

板谷さんのインプット:「なぜ進まないのか」を構造化する

本題に入る前に、板谷健司さん(Quollio Technologies)から、
メタデータ整備が進まない根本原因を構造的に整理したインプットがありました。

1. システム側の「必要なメタデータがわからない」問題

システム部門やデータマネジメント部門は、技術的なメタデータや運用属性は把握できても、 「ビジネスの人がどの粒度・どんな文脈で必要としているのか」まではわからない。

だから「一度ヒアリングしよう」と思うところで止まってしまう。
ところが、ヒアリングしようにも――
どの事業部に聞けばいいのか、誰が“本当の持ち主”なのかがわからない。

聞きに行っても、業務が忙しくて協力が得られないことも多い。 結果として「聞いたけど何も出てこなかった」「丸投げしたけど何も返ってこなかった」という現場あるあるの結末になります。

2. ビジネス側の「何をすればいいかわからない」問題

一方のビジネス部門から見ると、「メタデータ」という言葉自体が遠い。
「なぜ今それをやるのか」「どんな効果があるのか」が見えにくく、優先度を上げづらい。

書いても、部門や人によって粒度がバラつき、非構造ドキュメント(マニュアル、設計書、Q&Aなど)との整合が取れない――
結果的に「整備したはずなのに使えない」状態になってしまうのです。

3. 2つの構造的な欠け

板谷さんは、こうした噛み合わなさを次の2つに整理しました。

  1. 自社戦略に沿ったメタデータ導出プロセスが確立できていない
    何を目的に、どんな種類を、どのレベルまで、誰が集めるのか――この設計がないまま現場は動けない。
  2. 全社的な協力体制がない
    経営層と現場、データ部門と事業部門の温度差が大きく、努力が点在してしまう。

4. メタデータ整備の「5段階」

さらに板谷さんは、メタデータ整備の成熟を5つの段階に整理しました。

  1. データのサイロ化を解消する
  2. データの意味・定義をそろえ、正しく理解できるようにする
  3. ビジネス目的に沿った適切な使い方ができるようにする
  4. AIがビジネス文脈を理解できるようにする
  5. データ探索だけでなく、AIが提案・判断・実行までをできるようにする

「経営から『AIで気の利いたことをやれ』と言われると、4~5番のレベルまで整っていないと難しい。 その拡充をどう進めるかが、今日の議論のポイントです。」
そんな板谷さんの一言を皮切りに、グループ討議へと進みます。

グループ討議

テーマ①:ビジネス効果の高いメタデータをどう導くか

2つのテーマに分かれて行われたディスカッション。
1つ目のテーマは「ビジネス効果の高いメタデータの導出プロセス」。
実際の“詰まりポイント”がリアルに共有されました。

グループ1の議論から

共有したのは次の課題です。

  • ビジネスメタデータを「誰が持っているのか」がまずわからない
    わかっても、その人に“整備するインセンティブ”がない
  • 「どう使われるのか」が見えないため、記述の粒度がバラバラになる
  • データが変遷する中で、途中の意味が欠落していく

この“意味が抜ける”問題に対して出てきたのが、リネージュ(系譜)を起点にするというアイデア。
元データの意味 → 加工ロジック → 集計後の意味、と辿ることでどこで文脈が失われるのかを可視化できるという考えです。

さらに「横串で全体を見渡せる人」が必要だよね、という話も出ました。
いわゆるエンタープライズ・データスチュワードのように、組織をまたいで定義のズレや用語の衝突を調整する役割。
ただし「そんな人材、実際にはなかなかいない」という現実的な声も上がりました。

グループ2の議論から

もう一方のグループは、より人間的な課題が語られました。

  • 自分がオーナーでないデータを出すのが怖い
  • 定義書がないまま出すと、後で責任を問われそう
  • 「出す前提」になっていない組織文化では、そもそも話題に上がらない

この“怖さ”を和らげるために出てきた実践的アイデアは、以下のようなものです。

  • あらかじめ埋める項目を決めたフォーマットを用意して、負担を減らす
  • データを基盤に載せる際に、メタデータも同時に提出するルールを設ける
  • ただし全項目を必須にせず、「努力義務」として運用する

AIやローコードツールが発展してきた昨今らしい提案もありました。
「事業部門もローコードツールなどを使い、自らデータを作る経験を持つことで、データ部門の課題や苦労を実感できる」

技術の恩恵にあずかって誰もが「データ」の領域に踏み込める。
そこをうまく使いながら双方向の歩み寄りを通じて、協力体制を育てていく視点です。

テーマ②:どうやって社内を巻き込むか

2つ目のテーマは、「社内ステークホルダーと円滑かつ持続的な協力体制をどうつくるか」。
つまり、“みんなでやるモード”にどう移行するか、という話です。

課題の三層構造

  1. データ組織の課題
    メタデータの重要性を伝えたいが、説明のためのルールやプロセス自体が整っていない。
  2. 事業部門の課題
    出したデータがどう扱われるのか、セキュリティは大丈夫かが見えないと出しづらい。
    COEとの認識のズレも起きやすい。
  3. 経営層の課題
    メタデータ整備のROIが測りにくく、トップメッセージとして発信されにくい。

改善策:地に足のついた“仕組み化”

こうした課題への改善策は、非常に堅実・地道なものが上がりました。

  • アクセスコントロールなどの守られ方を可視化して安心してもらう
  • データ部門が現場に伴走し、現場で感じる小さな“違和感”を一緒に拾い上げて改善の糸口に変えていく
  • 伴走支援に経営層も同席させ、経営会議で成果や課題を共有してもらうことで、経営層自身が当事者として関わる構造をつくる

評価や制度の仕組みの中に“整備することの価値”を組み込む。
それが「善意に頼らない進め方」の具体的な第一歩です。

次回は「使い方」へ

ディスカッションの最後には、前回同様、次回テーマを参加者の投票で決定。
残った候補は「使い方」「見つけ方」「貯め方」「続け方」。

最も多くの票を集めたのは「使い方」でした。

「考え方」→「進め方」→「使い方」。

議論の焦点が、だんだんと“明日現場でできること”へと近づいています。
次回は2025年12月8日、日本記者クラブでのリアル開催
忘年会的な交流も予定しつつ。オンラインの熱をリアルに持ち越す準備も整っています。

まとめ ― メタデータは“関係を見える化する装置”

今回の議論では、メタデータ活用を進めるうえでの構造的な課題(意味の抜け落ちや責任の所在)と、人間的な課題(怖さや温度差)が交差しました。

それらを解決する鍵は、思った以上に地味で地道な活動であることが分かりました。

現場の違和感を拾い、経営を巻き込むことを通して、個人の善意を組織のルール・仕組みへと昇華させていく。壮大な計画や完璧なモデルを描くよりも、できるところから小さく動かし、確実に積み上げる。

その繰り返しが、属人化を越え、メタデータを企業の実践知へと変えていく一番の近道であると、今回の議論を通じて明らかになりました。

企業の中でルールや仕組みを整えることは、「誰かの善意」を次につながる「会社の資産」に変えていくことを意味します。こうした地道な実践を持ち寄り、互いの経験を通して“進め方”を磨いていく。

「メタデータ通り」は、そんな実務者たちの知恵を社会に還す場所として、これからも歩みを続けていきます。

謝辞 

本メタデータ通りの活動は、Quollio Technologiesのご協賛に支えられています。「業界全体のメタデータ管理をより良くしたい」という同社の理念に共感し、私たちデータ横丁もその思いを分かち合いながら活動を続けています。―「データ横丁」主宰 臼井琴美


望月 茉梨藻(もちづき まりも)
1990年生まれ。国際基督教大学卒。ジェンダーと社会構造を学んだのち、HRTech事業会社ビズリーチやスマートドライブにて業務設計・Salesforce運用を担当。業務データの整備や活用基盤の構築を通じて、メタデータや制度設計への関心を深める。現在はフリーランスとして、データに基づく業務改善や意思決定支援を行うほかライターとしても活動中。BizOps協会理事。
X:https://x.com/MarimonsterFun
note:https://note.com/marimoyoga

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